キングダム
Kingdom
紀元前3世紀の中国・戦国末期を舞台に、戦災孤児の信が秦王嬴政(後の始皇帝)とともに中華統一を目指す歴史漫画。王翦・廉頗・李牧など実在の武将を交え、秦による六国統一の過程を描く。原作:原泰久。
- ジャンル:
- 歴史 / バトル / アクション
- 媒体:
- 漫画 / アニメ / 映画
キングダムの年表18件の出来事
信と漂、奴隷として農村で育つ
戦乱で両親を失った信と漂は、秦国の農村で奴隷として育つ。二人は「天下の大将軍になる」という夢を共有し、日々剣術の修行に励む。
嬴政、13歳で秦王に即位
荘襄王の死を受け、嬴政が13歳で秦王に即位する。実権は宰相・呂不韋が握り、嬴政は傀儡に近い状況に置かれる。
— 史記・秦始皇本紀。荘襄王3年(紀元前247年)に嬴政が即位。
漂の暗殺と嬴政との出会い
漂が嬴政の影武者として王宮に召し抱えられるが、成蟜一派の政変に巻き込まれ致命傷を負って信のもとへ帰還する。信は漂の地図を手がかりに嬴政と対面する。
山の民の助力による王都奪還
嬴政は山の民の王・楊端和の協力を取りつけ、成蟜一派が占拠する王都咸陽の奪還に成功する。信も戦いに加わり、自らの剣で道を切り開く。
信、百人将・三百人将へと昇進
信は飛信隊を率いて各地の戦いに参加し、武功を重ねて百人将から三百人将へと昇進する。この間、王騎将軍の戦死など秦の重要な局面が展開される。
合従軍の侵攻と函谷関防衛戦
楚・趙・魏・韓・燕の五国が合従軍を編成して秦に侵攻し、函谷関に迫る。騰将軍が指揮する秦軍は関門を死守し、合従軍の突破を阻む。
— 史記によれば紀元前241年、四国(楚・趙・魏・韓+燕)の合従軍が函谷関を攻めるが敗退。史上最後の合従攻秦。
蕞(さい)の攻防——合従軍、咸陽直前まで迫る
合従軍の別働隊が函谷関を迂回し、咸陽直前の小城・蕞まで侵攻する。嬴政自ら城壁に立ち城内の民を鼓舞し、飛信隊らが到着するまで守り抜く。秦は滅亡の危機から脱する。
— 史記に「龐煖率いる趙・楚・魏・燕の軍が蕞を攻めるも取れず」と記述あり。
嫪毐の乱と呂不韋の失脚
太后の愛人・嫪毐が謀反を起こすが鎮圧され、車裂きの刑に処される。嫪毐と結びついていた宰相・呂不韋は失脚し、後に自害する。嬴政はこれを機に親政を確立する。
— 史記・秦始皇本紀。紀元前238年(始皇9年)嫪毐の反乱鎮圧・呂不韋失脚。
王翦・桓騎による趙の鄴攻め
秦軍は王翦・桓騎・楊端和の三将を軸に趙北部を攻め、鄴(ぎょう)を含む九城を奪取する。趙の国土を大幅に削ぐ戦略的遠征となった。
— 史記・王翦列伝。紀元前236年、王翦・桓騎・楊端和が趙の鄴ほか九城を攻略。
宜安の戦い——李牧が桓騎を撃破
秦の桓騎が趙の宜安付近を攻めるが、李牧の指揮する趙軍が秦軍を肥(ひ)において包囲섬滅する。桓騎は敗走し、史実では戦死ないし刑死したとされる。
— 史記・廉頗藺相如列伝。紀元前233年、李牧が宜安付近で秦軍(桓騎)を破る。
韓の滅亡——六国の最初の滅亡
秦の将軍・騰が率いる軍が韓を攻め、韓王安を捕縛する。戦国七雄最弱の小国・韓が初めて滅亡し、秦の六国統一が本格的に始動する。
— 史記・秦始皇本紀。紀元前230年(始皇17年)、騰が韓王安を捕え韓を滅ぼす。
王翦による趙最終攻略と李牧の誅殺
王翦が羌瘣・楊端和とともに趙へ総攻撃を仕掛ける。趙の名将・李牧は秦軍を再三退けるが、王翦の反間計により趙王に讒言され、紀元前228年に誅殺される。李牧失脚後、秦軍は邯鄲を陥落させ趙王・幽繆王を捕縛する。
— 史記・廉頗藺相如列伝・趙世家。紀元前229年に王翦が趙攻め開始、228年に李牧を殺させ邯鄲を落とす。
魏の水攻めと魏の滅亡
秦の王賁が黄河の水を引いて魏の都・大梁を水攻めにする。3か月の包囲ののち城壁が崩壊し、魏王假が降伏する。魏が滅亡し、秦はさらに東方へ支配を広げる。
— 史記・秦始皇本紀。紀元前225年(始皇22年)、王賁が大梁を水攻めし魏を滅ぼす。
李信の楚攻め大敗——20万軍の壊滅
嬴政は李信を指揮官に20万の軍で楚に侵攻させるが、楚将・項燕の反撃と昌平君の離反により城父で壊滅的な大敗を喫する。李信は7人の将を失い敗走する。
— 史記・白起王翦列伝。李信20万の楚攻めが項燕・昌平君に挟撃され大敗。
王翦の60万大軍による楚の平定
王翦が「60万の兵」を条件に楚の征伐を引き受ける。持久戦で楚軍を消耗させたのち、紀元前223年に楚王・負芻を捕縛し楚を滅亡させる。
— 史記・白起王翦列伝。紀元前223年(始皇24年)、王翦・蒙武が楚王負芻を捕え楚を滅ぼす。
燕・代の滅亡
王賁が燕の残存勢力を率いる燕王喜を捕縛し、燕が滅亡する。続いて趙の残存政権・代(代王嘉)も討伐され、戦国七雄は秦・斉の二国のみとなる。
— 史記・秦始皇本紀。紀元前222年(始皇25年)、王賁が燕王喜・代王嘉を捕える。
斉の降伏と中華統一の完成
王賁が斉に侵攻し、斉王・建が戦わずして降伏する。六国すべてを平定した嬴政は、史上初めて中国全土を統一した君主として「始皇帝」の号を制定する。
— 史記・秦始皇本紀。紀元前221年(始皇26年)、斉王建降伏・嬴政が「始皇帝」を号する。
始皇帝による天下統一後の施策
始皇帝は度量衡・文字・貨幣の統一、郡県制の実施、万里の長城の整備など中央集権的な統治機構を整える。信は大将軍への道をなおも歩み続ける。
— 史記・秦始皇本紀ほか。統一後の改革は史実に準拠。
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